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【イベントレポート】サーキュラー・インキュベーション第2回講義を実施!環境性と経済性を両立するには

2024年6月7日

CIRCULAR STARTUP TOKYO」は、サーキュラーエコノミー領域に特化したスタートアップ企業の創業を支援するインキュベーションプログラムです。参加者はインキュベーション(キックオフ、サーキュラー・インキュベーション講義4回)、メンタリング、Demo Dayで構成されるプログラムの支援を受け、循環型バリューチェーンの実現を前提とした事業開発を目指します。

5月14日に実施された第2回サーキュラー・インキュベーション講義には、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授の木見田康治氏と、株式会社ファーメンステーション 代表取締役の酒井里奈氏が登壇。国内外のビジネスモデル紹介や起業ストーリーを中心に、3時間の講義が展開されました。

サーキュラーエコノミーとビジネスモデル

木見田康治氏による第一部のテーマは、「サーキュラーエコノミーとビジネスモデル」です。サーキュラーエコノミーと製造業のサービス化、サービス工学・設計工学などに深い知見を持つ木見田氏。講義では、具体的にどのようなビジネスモデルにすれば「環境性」と「経済性」を両立できるかが解説されました。

「モノを所有しないサービス」の環境負荷

「環境性」と「経済性」の両立を考えるにあたり、木見田氏はまず、シェアリングやサブスクリプションといった、モノを所有しないサービス(「PaaS(※1)」)における環境負荷測定が簡単ではないことを参加者に伝えました。木見田氏によると、PaaSの環境負荷を正しく測定する方法は、アカデミアでも今まさに議論が進められている段階とのこと。

※1:PaaS(Product as a Service)。製品のサービス化。製品そのものを販売する従来のビジネスモデルと異なり、製品が提供する「サービス(機能)」をユーザーに継続的に販売するモデル。

なぜ、PaaSの環境負荷測定は難しいのか。それは、環境負荷を測定する際に一般的に用いられる概念である「ライフサイクルアセスメント(※2)」自体が、製品単体に着目した方法であり、「作って、使って、捨てられる」というリニアエコノミー(※3)の前提に立ったものだからです。

※2:ライフサイクルアセスメント。あるプロダクトがつくられる過程における環境への影響を評価すること、または定量化する手法のこと。原料の調達から製造、流通、使用・維持、そして廃棄・リサイクルに至る全てが対象。

※3:リニアエコノミー(直線型経済)。資源を採掘し、モノを作り、捨てるという一方通行型の経済の仕組み。

「シェアリング=環境に良い」とは限らないことを理解する

 

PaaSの環境負荷測定方法について木見田氏は、カーシェアを具体例に、車の「製造」と「廃棄」に係る環境負荷を使用人数(n人)で割るという基本の計算方法を説明。大まかな測定方法を確認したところで、参加者にクイズが出題されました。

「①ドレス、②ニット・セーター、③スカート。この中で、所有したときよりもシェアしたときの方が環境負荷が下がるものはどれでしょうか?」

※今回、環境負荷測定の単位には「per wear」を使用。1回着用するあたりの環境負荷を考えます。

PaaSの環境負荷を測る先ほどの計算方法に基づくと、1つのアイテムを複数名で使用した場合には「製造」と「廃棄」に係る負荷が減る(利用人数で割られる)ため、単純に考えると、3つとも環境負荷が減るように思えます。参加者から様々な回答が挙がった後、木見田氏から次の結果が紹介されました。

  • ドレス:シェアした方が環境負荷が下がる(環境に良い)
  • ニット・セーター:シェアした方が環境負荷が上がる(環境に悪い)
  • スカート:所有してもシェアしても環境負荷は変わらない

※上記は、想定したシナリオに基づく結果です。

日常生活での着用回数・頻度が一般的に少ないドレスは、シェアすることで環境負荷がダウン。一方、着用シーズンの制限(季節性)や、シェアリングのための輸送コスト、ドライクリーニングの頻度などの要因から、ニット・セーターの環境負荷は、シェアするとむしろ上がってしまい、スカートについてはプラスの効果とマイナスの効果が相殺されるという結果になりました。

「所有するよりもシェアした方が、環境に良い」と一概には言えないことがわかります。

また木見田氏は、今回の結果についても、設定されたシナリオに基づく「1つの正解」に過ぎない点を参加者に伝えます。

「どれくらい着回せば良いかや、クリーニングや輸送の方法をどのぐらい変えれば良いか、どういうユーザーに届ければ良いか。ビジネスのやり方いかんで、結果はいくらでも変わってきます。

環境に良い・悪いは、簡単には決まりません。モノの選定、サービスのやり方、ユーザーの使い方によっては、悪くもなるし良くもなることをご理解いただければと思います。」

サーキュラーエコノミーは、ビジネスチャンス

環境負荷の測定が単純ではない点を理解した上で、講義は本題であるサーキュラーエコノミーへと進みます。

従来の製品販売にあたる、原材料を採って、作って、使って、捨てるという直線型のリニアエコノミーに対し、可能な限り廃棄を出さない設計であるサーキュラーエコノミー。木見田氏は、サーキュラーエコノミー(循環経済)を理解する上で重要なポイントの1つとして、サーキュラーエコノミーがその名の通り「エコノミー(経済)」である点を強調しました。

「サーキュラーエコノミーは、資源を循環させることで経済を発展させよう、儲けるビジネスをやろう、というところが強くある。」

日本企業ではまだ、サーキュラーエコノミーが単なる「規制対応」として受け止められているケースも少なくありません。木見田氏はその認識が誤解であることを、2000年に公布された「循環型社会形成推進基本法」と、サーキュラーエコノミーの概念を比較しながら説明します。

「従来の日本の『循環型社会』の取り組みは、例えば家電リサイクル法のように、消費者や社会の側が負担して循環を回していきましょう、という考えでした。企業にとっては、ともすればCSR的な取り組みで、必ずしもビジネスのメインストリームにはなり得なかった。

でも『サーキュラーエコノミー』ではむしろ、資源を循環させることが経済の発展を生むし、ビジネスのメインの収益源になるという発想なんです。」

資源供給のリスクやグローバル市場のニーズ拡大といった社会背景を踏まえ、サーキュラーエコノミーは大きなビジネスチャンスであることを木見田氏は強調。同領域での起業を目指す参加者たちを鼓舞しました。

「皆さんは、まさにこのビジネスチャンスを突いていくところ。ゲームチェンジを仕掛けていく意識で、積極的にやっていただけると、とても良いと思います。」

リソースデカップリングを実現するビジネスモデル

資源を回して経済を回すサーキュラーエコノミー。サーキュラーエコノミー実現の鍵となるアイデアとして知られるのが、「経済の成長」と「資源の消費」を切り離す「リソースデカップリング」です。

木見田氏は、リソースデカップリングを実現するための手段の1つとして、ビジネスモデルの転換を掲げます。

スウェーデンの高級家電メーカー・エレクトロラックス社の洗濯機

リソースデカップリングを実践しているビジネスモデルの事例として最初に挙げられたのが、スウェーデンの高級家電メーカー・エレクトロラックス社です。

従来の製品販売型ビジネスモデルの場合、良い商品・長持ちする製品を作ると、顧客の買い替え頻度が落ちて販売個数が下がり、メーカー側の利益が損なわれる可能性があります。

そこでエレクトロラックス社は、洗濯機を販売する代わりに、顧客が自社の洗濯機を使うたびに料金を支払うという「pay per wash」型のビジネスモデルを採用。使用・保守・廃棄などに係るコストは全て、メーカーであるエレクトロラックス社が負担します。このビジネスモデル転換による効果を、木見田氏は次のように説明します。

「究極的には、全く壊れない洗濯機があれば、それをポンと置くだけでずっとお金が入ってくる。ビジネスモデルを変えることで、環境に良いものづくりを、直接的に自社の利益にも繋げられるわけです。」

サーキュラーエコノミービジネスの戦略

サーキュラーエコノミービジネスの戦略として、木見田氏は「Narrow(≒投入資源を減らす)」「Efficient(≒効率よく使用する)」「Slow(≒製品寿命を長くする)」「Close(≒製品や部品、素材を再利用する)」という4つの観点を紹介。これらの観点に基づき、下記をはじめとしたサーキュラーエコノミービジネスの事例が多数紹介されました。

  • エアークローゼット:洋服のサブスクリプションサービス
  • 衣服の過剰生産・廃棄を抑える(Narrow)

  • Hilti(ヒルティ):建設用工具のサブスクリプション、保守・アップグレードサービス
  • 顧客は、稼働率が低い工具の保有・管理が不要に(Narrow)
    製品の所有権をヒルティが持っているため、全ての工具が返却される。スペアパーツのリユースが可能に(Close)

  • MAN(マン):トラック運転のモニタリング
  • 燃費の向上、積載率が低い状態での走行を削減。ドライバーの走行ルートの最適化(Efficient)

  • Rolls-Royce(ロールスロイス):飛行機の長期保守・管理サービス「トータルケア」
  • 飛行時間に応じたメンテナンスにより、オーバーホールまでの期間を約25%延長(Slow)
    エンジンの所有権をロールスロイスが持っているため、エンジンパーツの95%を回復・リサイクル可能に(Close)

適切なビジネスモデル・サービス設計・製品設計を組み合わせる

木見田氏は、環境性・経済性を高める上では、適切なビジネスモデルとサービス設計、製品設計を組み合わせることが重要と述べます。

サービスに適した製品設計

製品をあらかじめ「メンテナンスしやすい設計(Design for Maintenance)」「分解しやすい設計(Design for Disassembly)」など目的に応じた設計(Design for X)にしておくと、循環におけるオペレーションの効率化やコスト削減が可能に。部品単位で交換できるオランダのスマートフォン「フェアフォン」などの事例が紹介されました。

「バリュー(価値)ベース」のプライシングに転換する意義

講義の最後に木見田氏は、プライシングを取り上げました。

従来型の多くのサービスが、原価に利益を乗せて料金を決める「コストベース」であるのに対し、サーキュラーエコノミービジネスの多くは、成果に応じて料金が支払われる「バリュー(価値)ベース」のプライシングを採用しています。

従来の製品販売モデルの場合、提供者側の利益は、顧客が商品を購入した時点で確定。購入された後の製品のパフォーマンスについては、提供者の関心が及びづらい仕組みです。

「極端な話、その後どう使われようと知ったことではないわけです。少なくとも、お金の流れとしてはそうなっている」と木見田氏。プライシングをバリューベースに変えると、製品の所有権とともに、モノ・資源を効率化するモチベーションが提供者側に移ると説明します。

「今までのように、作って使って捨てることがだんだん許されなくなってきている。良いものを作っているところが、より得をする世界になっています。」

環境・提供者・顧客。三方よしの実現に向けて、適切なビジネスモデルとサービス設計、製品設計を組み合わせましょう、と講義を締めくくりました。

サーキュラーエコノミーとスタートアップ実践 – 未利用資源を再生・循環させる、株式会社ファーメンステーション –

第二部には、サーキュラーエコノミービジネスの実践者として、株式会社ファーメンステーション 代表取締役 酒井里奈氏が登壇しました。酒井氏は金融業界でキャリアを積んだ後、バイオ燃料の可能性に興味を抱き、発酵技術を学ぶために東京農業大学に入学。卒業と同年にファーメンステーションを設立したという経歴を持ちます。

事業内容の紹介後、参加者から事前に寄せられた質問に回答する流れで講義が進められました。

株式会社ファーメンステーションについて

「Fermenting a Renewable Society(発酵で楽しい社会を!)」をパーパスに、2009年に設立された株式会社ファーメンステーション。独自の発酵技術で「未利用資源」を再生・循環させる社会の構築を目指す、バイオものづくりスタートアップです。

オーガニック化粧品を販売する「自社ブランド事業」からスタートし、現在は、化粧品等の原料製造・販売を行う「原料事業」、パートナー企業と共創してバイオ素材などを開発する「共創事業」、アップサイクル(※4)原料を活用して原料提案から製品開発までを引き受ける「OEM/ODM事業」といった複数の事業を展開しています。

有効活用がなされていなかったり、不要とみなされたりしていた資源を指す、未利用資源。ファーメンステーションが活用する未利用資源は多岐に渡ります。

※4:アップサイクル。本来であれば捨てられるはずの廃棄物に新たな付加価値を持たせ、別の製品にアップグレードして生まれ変わらせること。

未利用資源例①:耕作放棄地や休耕地を活用して作った有機JAS米

ファーメンステーションでは、岩手県の休耕田・耕作放棄地を再利用して育てたオーガニック米を、県内の自社工場で発酵・蒸留。米からエタノールを抽出し、化粧品の原材料やアロマ製品の材料として使用しています。

また、エタノールの製造過程で生成される、米ぬかなどの栄養価が残ったもろみ粕(発酵粕)も、石鹸やハンドクリームなどに配合。さらに、余ったもろみ粕は地域の鶏や牛の飼料として利用しています。

ファーメンステーション社の循環図一例

ファーメンステーション社の循環図一例。「ごみゼロ」でのものづくりを目指し、地域での循環に取り組んでいる

未利用資源例②:フードウェイスト

規格外等で廃棄される野菜や果物、企業の食品・飲料工場から排出される残渣(ざんさ)などのフードウェイストも、未利用資源として活用。

2022年に実施した株式会社ニチレイフーズとの協業では、同社の冷凍食品「焼おにぎり10個入」の製造過程で排出される規格外のごはんを原料にエタノールを精製。エタノールを配合した『「焼おにぎり」除菌ウエットティッシュ』を開発しています。

ニチレイフーズでは本取り組み以前から既に、食品残渣を肥料や飼料にリサイクルするなど、生産過程における食品廃棄ゼロを達成していましたが、今回のプロジェクトを通して食品残渣のアップサイクルを実現しました。

ニチレイフーズとの共創事例

フードウェイストをアップサイクルした一例

ファーメンステーションではこの他にも、JR東日本スタートアップ株式会社や全日空商事株式会社、カンロ株式会社、アサヒクオリティアンドイノベーションズ株式会社、象印マホービン株式会社をはじめとした数々の大企業とともに、フードウェイストのアップサイクルに取り組んでいます。

事業性と社会性の両立

「ファーメンステーションにとって、『事業性』と『社会性』の両立というのは非常に大事なポイントです」と語る酒井氏。

バランスをとるのは簡単ではないように思える両者ですが、酒井氏は「難しさは、今のところあまり感じていない」とさらりと述べます。

「環境負荷についてちゃんと考えることが、売値にプラスになるような事業になっているので、難しいと感じるところはあまりないですね。ただ、どんどん会社が大きくなってメンバーが増える中で、徹底していかなきゃいけない難しさはあります。ソーシャルインパクトの目線は落ちがちなので、そこは私が死守すべきところだと思っています。」

地域に根付いた企業とのパートナーシップ

ファーメンステーションが事業性と社会性の両立を実現した一例に、東北の未利用資源を有効活用したスキンケアシリーズ「and OHU(アンオフ)」があります。

東北6県に380店舗以上を展開するドラッグストア「薬王堂」で知られる株式会社薬王堂ホールディングスグループと共同開発した本ブランド。東北の作り手が見える素材を使い、生産工程で出る発酵粕も無駄なく使うなど、環境に配慮したものづくりを徹底しています。

クレンジングオイル、洗顔フォーム、化粧水、乳液、リップの5商品からスタートした「and OHU」は、薬王堂店舗などで2021年12月に販売開始以来、累計販売個数25,000個を突破(2024年6月現在)。約3割がリピート購入をしているというデータからも、ユーザー満足度の高さが伺えます。(参照:「薬王堂のスキンケアシリーズ「and OHU」がOMOTENASHI Selection 2024 を受賞」より)

素材の新たな可能性を見出せたほか、タッグを組んだ薬王堂の社内からも「東北にはこんないい資源があるんだと気付けた」といった声が酒井氏のもとに届くなど、多方面でポジティブな変化が生まれています。

国際認証「B Corp」を取得

事業性と社会性の両面でインパクトを追求する企業活動が評価され、2022年3月には、社会や公益のための事業を行う企業に発行される国際的な認証制度「B Corp 認証」を取得。認証を得るのは簡単ではない分、取得後の反響は大きかったと酒井氏は語ります。

「グリーンウォッシングを気にする事業者の方でも、B Corpだとお伝えすると『ああ、じゃあ大丈夫ですね!』という反応をいただけたり。B Corpの一員であることを本当に誇りに思えるというのは、会社のメンバーともよく話しています」

B Corp

B Corpのロゴが入ったファーメンステーションのラボ

「SusHi Tech Challenge 2024」最優秀賞を獲得

また、ファーメンステーションは本講義の翌日、世界43の国・地域から500社以上の応募があった、東京都主催のピッチコンテスト「SusHi Tech Challenge 2024」に参加。グローバルに通用するポテンシャルを持つ事業性と社会性が評価され、最優秀賞を獲得しています。

SusHi Tech Tokyo 2024

「SusHi Tech Challenge 2024 最優秀賞」を獲得した株式会社ファーメンステーション


酒井氏の講義後、参加者からは、ブランディングの重要性や協業で成功するポイントについてなど、多くの質問があがりました。

次回は、「サーキュラーエコノミーとファイナンス」「サーキュラーエコノミーとスタートアップ実践(3)」をテーマに行われた講義についてレポートします。